TOP > コラム > もう、あきらめるのやめた ~子どもたちにもきっと伝わる~「第1回:チャレンジし続けるということ」

チャレンジというと、何だか大げさなように聞こえるかもしれません。
でも人は、「生きている」だけで、それ自体がチャレンジなんだと最近感じます。
私が心からそう考えるようになったのは、今から約10年前の25歳の時に、「遠位型ミオパチー」という全身の筋肉が萎縮していく進行性の希少難病であると告知を受けたのが最初のきっかけでした。
発症後約10年前後で自力歩行が困難になるだろう、と言われていた身体は、5年ともたないうちに杖から、車いすの生活へと変わっていきました。
当たり前にできていた事が、できなくなっていくもどかしさと恐怖は、私に「生きていく意味」を見失わせる瞬間さえありました。
でも、だからといって私がとった行動は引きこもることでも、悲観するばかりで終わることでもありませんでした。なぜなら負けたくないという悔しさと、「私は頑張っている」と強がる事で、他人に同情や余計な気遣いをされずに済むと思ったのです。
真正面から向き合うことを恐れて、肩肘をはりながら、それでも「私は人生を諦めた訳じゃない」と頑な自分がいました。
でもそんな強がりを、芯から溶かしてくれた出会いがあったのです。
それは現在も色んな場面で一緒に活動をしている子供達の存在でした。
不自由な身体になってから初めて接する子供達には、自分の様な病気や環境もあるんだということを知ってもらえればいいと思っていただけなのに、何故か「一緒に山に登らへん?」と聞かれる事態に話が飛んでいったのです。
最初は初めて見る車いすの人に戸惑いを見せながらも、だんだんと好奇心が勝り、子供らしい色んな質問をしてきてくれた子達に、どんな風に受け入れてもらえるのか不安だった私も安心と嬉しさがこみ上げてきていました。
だから山登り夏合宿に誘われた瞬間、その勢いで一緒に行きたいという気持ちがありながらも私の口をついて出たのは「ごめんね、難しいと思う」という答えだったのです。
すると「行きたくないの?」と聞く戸惑いの顔を見て気づかされたのは、ただ「迷惑になりたくない」と思った気持ちが、逆に相手を傷つけることもあるのかという事でした。
障がい者だからといって「何事も諦めず」がモットーだったはずの私の中で、気づかぬうちにそびえ立っていたのは形ばかりのくだらないプライドだったのかもしれません。
そんな子供達と周りでサポートしてくれた人たちと一緒に、やがて私は富士山登頂をも果たすことができました。障がい者や健常者といった立場の違いなんて関係なく、「人の手を借りる」ことは決して恥ずかしいことではない、と教えてくれた子供達に、私は「心の自由」をもらったように思います。
大人になると現実を見すぎてすぐ「限界」を作り、そして都合のいい言い訳をつけようとしがちです。「できるか、できないか」ではなく、本当に大事なのは「やる為にはどうすればいいのか」という事をどこまで追求できるか、なのだと思います。
目の前のものを「当たり前」と捉えるのではなく、周りに感謝をしながら、こんな身体でも出来る事に挑戦していくことで、自ずと道も開かれると、私は心から確信できるようになりました。
人生ですから、これからだって悔しい思いをする事もあるでしょう。
ただ、生きる=前に進む=チャレンジする事を忘れさえしなければ、実りは手に出来るはずです。
そう思う私が今取り組んでいるのは、世の中にある「希少難病」という置き去りにされた問題を解決する為の活動です。次回触れたいと思いますが、これも実は、きっかけとなったのが子供達でした。
チャレンジする事はきっと誰にでもできます。そしてもっと大事なのは、チャレンジし抜いた先にあるものを、手にする事のように思います。


短大卒業後、JALの客室乗務員となり、仕事を続ける22歳の頃、体調に異変を感じ始める。25歳で「遠位型ミオパチー:縁取り空胞型(DMRV)」と診断。2008年4月、遠位型ミオパチーの患者会を発足、4月~10月まで代表を務める。2009年2月、特定非営利法人希少難病患者支援事務局(SORDーソルドー)を発足。患者代表として常任理事に就任、のちの2010年2月、副代表となる。その活動の中、"SORD Challenge Mt.Fuji Project 2009, 2010"として、2年連続、車椅子で富士山登頂に挑戦し、2010年のプロジェクトで登頂に成功。2009年、株式会社free×FREE project(フリーバイフリープロジェクト)を設立し、代表取締役として日本にはまだまだ少ないヨーロッパや北欧から福祉用品を輸入する仕事を始める。
2011年2月京都で、9月24日(土)東京で、「希少難病フォーラム」を 開催。


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希少難病・遠位型ミオパチーと闘う筆者が、人生へのチャレンジを感動の写真とともに綴った1冊。車椅子での富士山登頂など命を輝かせながら生きるその姿は各メディアで取り上げられている。「生きる」ことの意味を見つめる彼女の言葉がすべての人の心を打つ。
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