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元教育長の子育て歳時記

第21回・春夏「子ども自ら個性と能力を伸ばせる教育環境」を社会全体で本気になって整えたい -学校・地域社会・家庭が連携した『個別最適化された教育の実現』について-」学研教育総合研究所 客員研究員 高橋良祐

2022年度が始まり、2か月が過ぎ、子どもたちの生活は、入学や進級などで変化の多い環境に慣れつつあるところでしょうか。初めての先生や友だちとの出会い、新しい教科書での学びなど新鮮な喜びや楽しさに包まれた学校生活であることを願うばかりです。
このコラムでもたびたび使ってきたフレーズに「予測困難な社会に主体的に関わる力」があります。この「予測困難な社会」という言葉の意味を想像することはできても、現在進行形で起こっている世界の現実を、私は今ほど強烈に感じたことはありません。
なぜなら、三年目に入っても収束に向けた解決の方向性が見いだせないでいる「新型コロナのパンデミック」にしても、「ロシアのウクライナ侵攻における悲惨な光景」にしても、私が何となく感じていた「予測困難な社会」の映像を優に超えた現実が目の前にあるからです。

先行きが見えにくいほど不安なことはありません。しかし、不安だから、困難だからといって現実から逃れることはできません。一人ひとりが幸せな人生を生き抜くために、予測困難で解決が難しい問題を理解し、判断し、行動し、解決するために身に付ける必要がある資質・能力の鍵は、これからの教育にあることは疑うべくもないことです。
文部科学省はGIGAスクール構想の中で「1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子どもを含め、多様な子どもたちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する」と示しています。

ここで私が最も重視したいフレーズは「誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する」です。本来教育は集団で行っている場面でも、その目的は集団の育成ではなく、一人ひとりを対象とするべき文化活動だと思います。その考えから発すると、「個別最適化された教育環境」の実現は極めて妥当な教育目標であり、その教育環境作りの推進を一層前進することが求められると思います。
私は、教育は「一人ひとりの人生が豊かで幸せなものになる」ように願って行う極めて崇高な文化活動だと思います。その達成のためには、「個別最適化された教育環境」を学校教育だけでなく、民間の教育でも、社会教育でも、家庭教育でも行うとの共通認識を国民が持つことが必要だと感じています。今回のコラムでは、「学校」「地域社会」「家庭」それぞれの視点から「個別最適化された教育環境」について考えてみたいと思います。

まず、「学校教育」について考察します。大変重要なこととして、今年度から全ての小学校・中学校・高等学校、特別支援学校で新学習指導要領が完全実施されたことが挙げられます。特徴としては「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の育成を目指すべき資質・能力として全校種に明確に示し、具体的に各教科の目標それぞれに丁寧に記されていることです。さらには、今まではっきり示されていなかった各校種の学びの連続性を重視した表記になっている点にあると思います。
現在、全国の学校では、先生方が三つの柱にまとめられた資質・能力を育成するために全力を挙げて授業研究に努めておられます。その内容も特色ある教科横断型のカリキュラム作りや対話的で深い学びの実現、ICTを活用した授業づくりなど、多岐にわたっています。我が国の学校教育は、授業改善の取り組みを明治時代から現代にいたるまで全国で実施してきた歴史を持ち、「授業研究(より良い授業づくり)」の研究成果は世界からも注目されています。

このコラムでは具体的な授業研究の内容は各学校の取り組みに大いに期待しつつ、学ぶ者の立場から「個別最適化された学習者の姿」について触れてみたいと思います。
人間にとって思考することは本来大変楽しいことだと思います。子どもが学ぶ教室は間違いを怖がったり、思考から逃げたりすることなく思考する楽しさを心から感じる学びの場であること、また学びを活用する態度や視点でも、子どもが自ら獲得できる学習が求められています。

私が過去に学んだ教育学には「児童の心は成熟した者(大人)には不可解なほど溌剌としており、児童は内部から自由に自己を発展する存在である」「児童の心は『空間』」のようであり可能性は無限、教育は児童が常に生き生きと存在する場である」「教育が強制であればあるほど、児童は自己を閉ざしてしまう」「教育が付与であれば児童の豊かな内面的根源力は閉鎖的にも鈍感にもなる」とありました。
このことは「主体的・対話的で深い学び」の実現という学習指導要領の考え方にも通じることで、子どもの学びそのものが強制ではなく、自らの心の動きに沿って意味あるものに感じられることが大切だということを教えてくれています。先生方には、授業においては教科内容の伝達が中心ではなく、各教科の面白さや魅力などをぜひ子どもたちに伝えてほしいと思っています。子どもは自分の興味関心と教科の面白さや魅力が合致すれば、自ずと前向きな学びに進むことができる存在です。大変重要な「学びに向かう力」の育成には、一人ひとりの子どもの心情を知り、興味・関心を知り、教科内容に精通している先生方の評価方法を含めた研究実践に大いに期待したいと思っています。

次に「地域社会」に期待することは、学校教育、家庭と理解を深め合い、子どもたちの育ち・学ぶ環境を整えてほしいということです。子どもたちは地域社会で生活しています。衣食住すべてを自分の家庭を含めた地域で整え育っています。生活は学ぶこと、学ぶ内容は時間とともに多様に変化し人間形成に大きな影響を与えます。
一例として、街の美化環境について考えてみると、外国の旅行者が日本のどこの街を訪れてもポイ捨てもなく、公共トイレなどもきれいで、また落とし物をしても見つかることが多く、大変正直で安全な国だとも感じているそうです。このような美化され安全な環境の中で育つ子どもたちは清潔で正直で親切な人間に育つようになると思います。
また、挨拶が行き交う街に住む子どもたちは、「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」「ありがとうございます」という言葉を自然に発するようになるのではないかと思います。人のかかわりが豊かな環境に暮らす子どもたちもコミュニケーションの取り方を自然に身に付けていくように感じます。なぜなら人は環境に大きく影響を受け学び成長するからです。

文部科学省は「社会に開かれた教育課程」の中で「よりよい教育課程を通じてよりよい社会を作るという目標を学校と社会とが共有し、それぞれの学校において、必要な教育内容を明確にしながら、社会との連携・協働によってそのような学校教育の実現を図ることを目指す。」と示しています。子どもたちのより良い教育環境づくりは全ての国民の共通した課題であり願いでもあると思います。「地域社会」の皆さんの教育環境整備への活動を今後も大いに期待したいと思います。

結びに「家庭教育」について述べてみたいと思います。
家庭は子どもたちのすべての拠り所、温もりと優しさと愛情の中で人として成長する根源を心身ともに得られる基盤です。一人ひとり異なる個性を持っている子どもたちにとって最大の理解者が親や兄弟・姉妹、祖父母など家族の皆さんです。
その方々にぜひ理解してほしいことがこれからの教育の考え方についてです。今までの日本の教育はややもすると知識の獲得や問題解決における技能の習得に重きを置いていました。そのためテストで知識の量や技能を測ることが評価の重要項目となり、その結果、子どもたちにとってはテストの点数を獲得することが学習の目的になってしまいがちでした。

昨今の世界の状況は、ますます変化の激しい時代に突入しています。この時代を生きる子どもたちには、直面している状況に前向きに取り組む姿勢や、今持っている知識や経験を活用し、臨機応変に対応していく力が必要だと言われています。子どもの自己教育力を信じ、子どもの個性と創造性、興味・関心を尊重し、子どもの主体性を最大限伸ばすために、指示・指導するのではなく、子どものやりたい意思をサポートすることが最も大切だと感じます。他者との比較は問題外だと認識してほしいと心から思っています。

子どもたちは、日頃から自分を尊重してくれている環境の中で目標を持って学び続けることで、考える・判断する・表現することが身についてくると思います。教育の目的は一人ひとりの人生が豊かで幸せなものになるように願って行うことだと思います。「学校」「地域社会」「家庭」がそれぞれ尊重し合い密に連携した中で「個別最適化」された教育が実現するよう願っています。

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高橋 良祐(たかはし りょうすけ) 1953年栃木県生まれ 学研特別顧問、学研教育総合研究所客員研究員
高橋 良祐

東京学芸大学教育学部数学科卒業後、小学校教諭に。東村山市立秋津東小学校、世田谷区立東大原小学校を経て、町田市立鶴川第三小学校の教頭に。その後、中央区教育委員会・指導主事、港区教育委員会・指導室長、東村山市立化成小学校校長職を経て、港区教育委員会の教育長に就任。教職経験を生かし、ICTや英語教育、国際学級など、教育改革に取り組む。2012年10月に退職。

2013年4月から、学研ホールディングスの特別顧問、学研教育総合研究所の客員研究員に就任。豊富な経験から適切なアドバイスなどを発信している。

おもな著書(共著):
「新しい授業算数Q&A」(日本書籍)
「個人差に応じる算数指導」(東洋館出版)

写真撮影:清水紘子 (イメージ写真を除く)

エッセイ