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元教育長の子育て歳時記

第19回・夏「子ども自ら個性と能力を伸ばせる教育環境」を社会全体で本気になって整えたい -子ども達に身に付けてほしい資質・能力の「三つの柱」について考える-」学研教育総合研究所 客員研究員 高橋良祐

先行きが見えにくいほど不安なことはありません。昨年から世界中を混乱させ不安にしている新型コロナウイルスは未だに終息せず、その対策は困難を極めています。

私はこの状況下、東京オリンピック・パラリンピックが無観客ではあるものの開催されることは、子ども達にとっても貴重な体験の場になると思っています。昨年来、子ども達は大人の混乱ぶりや怒り嘆きなど肌身を通して感じています。しかし、子ども達は本心ではつらく苦しい思いをしていても、その心の内を思い切りはき出すことが大人ほど出来にくい傾向があります。つまり、長引くコロナ禍の影響で、子ども達はかなりのストレスを溜め込んでいる可能性があります。

だからこそ、東京オリンピック・パラリンピックが開催されるのならば、現代の子ども達には是非、世界中のアスリートが放つエネルギーや輝きを全身で感じて応援してほしい。57年前に小学校6年生だった私が感じた夢や感動と同じように、いやそれ以上に全身で味わってほしいと心から願っています。

『生きる力』について

さて、前回のコラムでは将来の予測が難しい社会の中にあっても、子ども達が個性を生かし主体的に生きていく力を育成するための教育の改善について述べました。

今回は、これからの教育の改善は社会全体でとり組んでいくべきだとの主張を軸に、新学習指導要領で示す学校教育の目標としての『生きる力』と、教育課程全体を通して育成を目指す資質・能力の三つの柱について考えてみたいと思います。以下に、それぞれの内容をまとめてみました。

【参考】(図)筆者作成

まず『生きる力』の「予測困難な社会の変化に主体的に関わる力」「感性を豊かに働かせ、社会全体や人生をよりよくするために自ら課題を見付け、学び、考え、行動する力」について考えてみたいと思います。

『生きる力』は、人間の長い歴史から見ても現代だけに求められているものではなく、その時代その事象に応じて、人々は多くの困難に立ち向かい、問題解決を図ってきたのだと思います。しかし、過去と現代で最も異なる点は、情報共有の絶対量と解決に向けてのスピードだと思います。迅速な問題解決に当たっては、多くの情報から必要なものを選択し且つ関連させ、個性の異なる個々の能力を結集することが求められています。私が学んだ『教育学 改訂新版』(※)には「個性とは単なる他との見える違いだけでなく、それぞれの客観的な価値観が表出したものであり、人は個性によって各自の生きる価値の実現を図る。だからこそ教育活動における個性の深化や個性の尊重は極めて重要なことである。」(長田、1955)とありました。正に『生きる力』とは、自らの価値観が表出した個性を育て、それを存分に発揮することだと言えると思います。

(※)長田 新(おさだ・あらた)著「教育学 改訂新版」岩波書店(1955年)

育成を目指す資質・能力の「三つの柱」

①『知識・技能』

「何を理解しているか、何ができるか」に関わる『知識・技能』の質や量は、社会を正しく理解するために重要であり、それなしに思考を深めることは難しいと思います。しかし、一方的な詰め込みの教育では、何のために学ぶのかという「学びの価値」の理解まで到達することは難しいと思います。子ども達が学びの目的意識を持ち、知識・技能を日常の世界と照らし合わせながら活用し、興味関心を持って主体的に学習活動を行うことが最も大切だと思います。

そのためには、学校でも家庭でも、子どもの日常と知識・技能の関連を意識しながら、子どもの発達段階に応じた支援をしていくことが求められているのだと思います。例えば、子どもとの何気ない会話の中に、今学んでいる学習内容と日常の場面や他教科の場面との関係について触れてみるなどすると、子どもは学習内容をイメージしやすく実感を伴った価値ある知識習得につながると思います。

いずれにしても学校でも家庭でも「知識・技能」を一人歩きさせず、広く日常生活の解決に資するために生きて働く「知識・技能」として、「思考力・判断力・表現力」を伴った学びの機会を設けることが、子ども達の深い学びにつながる重要なポイントだと思います。

②『思考力・表現力・判断力』

「理解していること・できることをどのように使うか」に関わる『思考力・判断力・表現力』は、学習や日常生活の中で解決すべき問題に直面した際に、自分の知識・技能を活用して課題を発見し、問題解決のために他者に自分の考えを分かりやすく表現して理解を得るための力だと言えます。

ここでいう「思考力・判断力・表現力」は、日常生活の問題解決にあっては誰しも無意識に使っている力であり、学校教育の中で強調されるのは、今までの学校教育の課題として「学校での学習と日常生活の結びつきが弱い」との指摘に基づいているものと思います。

また、この力を十分伸ばすためには家庭生活や地域などでの参加型の活動も大切になってくると思います。家族や周囲の方々と一つの目的を達成するような機会があれば、目的達成における自分の役割を意識して計画を作る必要があり、更にそれを一つ一つ実行するためには、周囲とコミュニケーションをとりながら協働することが求められます。こうした活動を通して、更に実感を伴った深い理解や新しい知識が習得されるようになるのではないでしょうか。

③『学びに向かう力・人間性』

「どのように世界・社会と関わり、よりよい人生を送るか」に関わる『学びに向かう力、人間性』は、最近よく言われている非認知能力との関連が強く意識されたものと言えます。非認知能力については様々な文献や資料のなかで多様な表現で扱われていますが、例えば測定可能な能力である「知能指数」や「偏差値」などと対比して、測定できない個人の特性に関わる能力として「意欲」「協調性」「粘り強さ」「忍耐力」「計画性」「自制心」「創造性」「コミュニケーション能力」などと表現されています。別の表現をすれば、私は個人が身に付けた「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」を何のために・どのように活用し、世の中や人々の平和や幸せに資するのかという個人の価値観や行動を決定する重要な能力・要素だと思っています。

それでは、子ども達が非認知能力を獲得するためには、どのような生活や体験、学習が求められるのでしょうか。前述の『教育学 改訂新版』には、子どもの性質について次のような説明があります。(筆者要約)

  • ・児童の心は成熟した者(大人)には不可解なほど溌剌としている。
  • ・児童は内部から自由に自己を発展させる存在である。
  • ・児童の心は「幾何学の空間」のようであり可能性は無限である。
  • ・教育は児童が常に生き生きと存在する場である。
  • ・教育が強制であればあるほど、児童は自己を閉ざしてしまう。
  • ・教育が付与であれば児童の豊かな内面的根源力は閉鎖的にも鈍感にもなる。

ここから読み取れることは、子ども達が主体的になれる沢山の体験が必要だということです。またそのためには、子ども達の活動を大人が邪魔しないこと、行動を強制しないこと、そしてじっくり共感的に観察しつつサポートに徹することが重要だと思います。 認知能力と非認知能力の育成についてこれからも考えてみたいと思います。

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高橋 良祐(たかはし りょうすけ) 1953年栃木県生まれ 学研特別顧問、学研教育総合研究所客員研究員
高橋 良祐

東京学芸大学教育学部数学科卒業後、小学校教諭に。東村山市立秋津東小学校、世田谷区立東大原小学校を経て、町田市立鶴川第三小学校の教頭に。その後、中央区教育委員会・指導主事、港区教育委員会・指導室長、東村山市立化成小学校校長職を経て、港区教育委員会の教育長に就任。教職経験を生かし、ICTや英語教育、国際学級など、教育改革に取り組む。2012年10月に退職。

2013年4月から、学研ホールディングスの特別顧問、学研教育総合研究所の客員研究員に就任。豊富な経験から適切なアドバイスなどを発信している。

おもな著書(共著):
「新しい授業算数Q&A」(日本書籍)
「個人差に応じる算数指導」(東洋館出版)

写真撮影:清水紘子 (イメージ写真を除く)