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元教育長の子育て歳時記

第18回・春「「子ども自ら個性と能力を伸ばせる教育環境」を社会全体で本気になって整えたい -まずは教育改革の方向性について考える-」学研教育総合研究所 客員研究員 高橋良祐

新型コロナウイルス感染拡大と子ども達の未来

日本は多彩な四季に恵まれています。中でも春のほのかな陽気は、寒さで少し縮んだ背中を優しくぴんと伸ばしてくれるように感じます。また、いつの時代にあっても春は人々の心をわくわくさせる門出の季節でもあります。

一方、2020年から続く新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、いまだに世界中で多くの方が罹患し、グローバルなはずの世界は人的交流や物流までもが見る影もなく止まりました。それに加えて、日本人はもとより世界中の方々が期待感を持って楽しみにしていた東京オリンピック・パラリンピックは延期され、様々な論議を経て本年開催されることになりました。世界中から集う選手のアスリート魂と躍動するプレーに加え、選手を心から歓迎し精一杯応援する日本中の心を繋げて、世界の平和と人々の幸福を願うスポーツの祭典になってほしいと思います。

新型コロナウイルス感染拡大の影響は教育にも及び、全国規模での長期間にわたる臨時休業措置は、戦後初の出来事でした。この時期に卒業や入学を迎えた児童生徒の皆さんは、計り知れない失望感や喪失感を味わったことでしょう。そのような状況下でも、先生方や保護者、地域の方々や関係機関の皆さんは、精一杯奮闘してくださいました。子ども達の、どこにもぶつけられない心情に寄り添い、困難に負けず前を向き、新たな進路に向かおうとする子ども達に心から声援を送り、門出を祝ってくださいました。

子ども達は社会・文化の継承者であり、未来の希望です。子ども達の未来が生き生きとした社会であるとともに、一人ひとりが夢や希望に向かって創造に満ちた人生を送ってほしいと願ってやみません。

令和を担う教育改革のねらい

さて、2020年からスタートした学習指導要領改定の方向性について、文部科学省は次のように示しています。

「グローバル化の進展や人工知能(AI)の飛躍的な進化など、社会の加速度的な変化を受け止め、将来の予測が難しい社会の中でも、伝統や文化に立脚した広い視野を持ち、志高く未来を作り出していくために必要な資質・能力を子供たち一人ひとりに確実に育む学校教育の実現を目指しています」(※1)

まさに、ここに登場する「将来の予測が難しい社会」とは、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けている現状の社会を指しているかのようです。 今回の学習指導要領改訂にみられる教育改革の背景として、次の3つの視点が読み取れます。

  • ●我が国の子ども達が学ぶことの本質的な意義や、学んだことの価値を感じ、学びを通して培った思考力・判断力・表現力等を活かし、主体的・対話的に問題解決できる能力を育成すること。
  • ●日常の事象などの課題解決にあたって、自分の考えについて理由や根拠を示して伝え、他者と共同して深く学ぶ態度を育成すること。
  • ●よりよい社会の実現やよりよい人生を築くために、学んだことを活かそうとする学びに向かう力や人間性の涵養

我が国の子どもたちは、国際的な学力調査等では平均的に高い学力を示してはいるものの、学年が上がるにつれて学習意欲が低下していることや、粘り強く問題解決に取り組む態度や姿勢に課題があることが再三指摘されています。また、今の学びが将来役に立つと思うかとの質問に対しても、他国の子ども達と比較して低い数値となっています。

日本の教育は長い間、学習指導要領に則り各教科の教科書が作られ、「教科書を丁寧に教え、確かな知識や技能を習得する」ことを重視してきました。その結果、定型的な基礎的学力が国民に定着したことは、大きな成果の一つと言えると思います。

しかし、そうした教育のみでは、変化の激しく、将来の予測が難しい社会で生じる、多様で複雑な課題に立ち向かう資質や能力を育成することは難しいと思います。

2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑さんが「教科書を疑え」とおっしゃいました。教科書には既に研究され尽くした事実や理論が書かれており、明確に答えが用意された問いを投げかけられることが多かった。もちろん、確かな答えがあることを学ぶことは深い学びの基礎基本として大切です。しかしこれからの時代は、今まで誰も気づかず、問題にもしなかったような課題、あるいは急速で不確実・複雑な社会の変化で生ずる課題に、スピード感を持って対応する能力が求められています。(正に新型コロナワクチンの対応など)

どのように子どもを伸ばすのか

教育の主体者である子ども達は一人ひとり違います。理解度も興味・関心の方向も違います。だからこそ多様性に満ちた能力を発揮し、他者と繋がりながら様々な問題解決に資することができるのではないでしょうか。個性に満ちた一人ひとりの資質能力を存分に伸ばすためには、子どもの興味関心に応じた教材を準備し、子どもの主体性を重視した教育を行うことが求められます。しかし、現在の教育環境の中では、その実現が難しいこともまた事実です。

子ども達を同じ枠の中(教育課程や進度、価値観など)で教育し、そして評価しようとすると「勉強がつまらない、興味が持てない、自信がもてない、学ぶ意欲が出ない」といった子ども達の声も聞こえてきます。子ども達が学ぶことを楽しむには、決まり切った正解を出すことに汲々とするのではなく、一つの解を出すために、様々な考え方や表現の仕方を考え出すプロセスが重要です。さらにそれを仲間と喧々諤々と意見を交わしながら、試行錯誤できる子どもを育てていかなければなりません。そして、学んだ結果が世の中でどんなふうに生かされているのかを考え、学んだことを社会と結びつけていく。そこに学ぶ価値が生まれてくるのだと思います。

現状の子ども達の学びの状況や状態における課題は一朝一夕に解決できるものではないと思います。これまで日本式の教育で育ち、教育内容・指導方法・評価方法・学力観が身についている私たちには、教育の在り方を大きく変えるにはかなりハードルが高く相当の議論が必要だと考えています。

次のコラムではもう少し具体的に教育の改善について、子どもの本質、個性、教育の目的、生き方などにふれながら考えを述べたいと思っています。

(※1)中央教育審議会 「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」(平成28年8月26日)を紹介した文部科学事報に掲載されていた文章

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高橋 良祐(たかはし りょうすけ) 1953年栃木県生まれ 学研特別顧問、学研教育総合研究所客員研究員
高橋 良祐

東京学芸大学教育学部数学科卒業後、小学校教諭に。東村山市立秋津東小学校、世田谷区立東大原小学校を経て、町田市立鶴川第三小学校の教頭に。その後、中央区教育委員会・指導主事、港区教育委員会・指導室長、東村山市立化成小学校校長職を経て、港区教育委員会の教育長に就任。教職経験を生かし、ICTや英語教育、国際学級など、教育改革に取り組む。2012年10月に退職。

2013年4月から、学研ホールディングスの特別顧問、学研教育総合研究所の客員研究員に就任。豊富な経験から適切なアドバイスなどを発信している。

おもな著書(共著):
「新しい授業算数Q&A」(日本書籍)
「個人差に応じる算数指導」(東洋館出版)

写真撮影:清水紘子 (イメージ写真を除く)