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もう、あきらめるのやめた ~子どもたちにもきっと伝わる~ 中岡亜希

第5回  あきらめない!

私が今一番欲しいものは、薬。病気になったら当然思うことです。こんな身体にさえならなければ…とこれまで何度思ったことでしょう。そう思うと悔しい。

でもこんな私も周りの人たちのお陰で、今こんなにも充実した人生を送らせてもらっています。素晴らしい人に出会い、したことのない経験ができてーー そして思うのです。もし私が病気になっていなかったら、ここまで楽しめただろうか、と。もちろん両者を比べることなどできません。でも私は確かに病気から底知れぬ「悔しさ」を知り、負けたくないと歯を食いしばりました。何も起きない人生に、それほどの「がむしゃら」が果たしてあっただろうか。
そう思えると不思議と、心の中が「みじめ」でも「苛立ち」でもなく、「感謝」と「やる気」に満ちあふれていくのです。
私は薬も、そして人生を楽しむことも、あきらめません。欲張りでしょうか?
失うことも多かったのでその辺は大目に見てもらうとして(笑)

私の活動するSORD(ソルド-希少難病患者支援事務局)は希少難病の治療薬開発のために、最先端技術に携わる研究機関との連携によりすすめる、患者主導の研究プロジェクトを立ち上げました。2012年はそれを大きくしていきます。まだまだ理解も支援も得なければいけませんが、それでも私達希少難病患者に、待っている時間はありません。

昨年の8月末に私が訪れたのは、被災地でした。この震災によって、希少難病患者のあまりにも小さな「声」はどこにも届くことなく、支援の仕組みのほとんどない現状が浮き彫りとなりました。私自身も患者の立場で、地元行政へ訪れたのです。その道すがら、車の中から見た被災地の光景は、TVで見るのとはまったく違い、突きつけられる現実に、心が激しく揺さぶられました。いまだ瓦礫の山に埋もれ、すぐには成すすべなしという光景が見えるすぐ傍の田畑には、なんと煌煌と実りを見せる稲穂がひしめき合っていました。それを見た時には、人間の力強さをひしひしと感じました。でもこんな中に、自分と同じような身動きの取れない人もたくさんいたであろうことを想像しただけで、こみ上げる思いを押さえるのに精一杯でした。ましてそれが自分だったらと思うと、恐怖しかありません。この状況下で、実際希少難病患者は適切な対応を受けられずにいたのです。

そんな中でもこの10ヶ月、被災地から何度、「やるしかない」という言葉が聞こえてきたでしょうか。さまざま掻きむしられる思いはある。それでもゼロから、いやマイナスからだけど、「やるしかないんだ」と。
この言葉を、私はつい自分の立場におきかえて考えてしまうのです。置かれた現状に不平不満をいうだけでは何も変わらない。なら一歩でも半歩でも、前に進むために何はなくとも、「やるしかない」。
数が少ないことで、世の中から抜け落ちるかのように孤独と病の二重苦を背負う希少難病患者を、見て見ぬ振りをさせない世界、それを目指してーー

決して簡単ではない戦いの一方で、今を精一杯ガッツイてやるために、2012年、私がやろうと決めたこと。この春、私は仲間と一緒に「オーロラを見に北極へ」行きます。無理をすれば進行してしまう身体を、わざわざ酷使してまで・・・と心配の声は絶えませんが、もちろんできる限りいたわりながら、でも私は「今できること」を大事にしたいのです。

諦める、なんて実に簡単なことです。目の前のものにしがみつくことをやめれば、それで終わるのですから。でももう、それにはウンザリです。
つまずいてこけようとも、心が折れようと、また立ち上がればいい。そう教えてくれたのは周りのすべての人でした。
せっかく生きている人生にいつまでも愚痴ることは面倒くさいし、時間の無駄。病気だけど、それが何か?と言える自分でいたい。これから聞かれてもこう答えるはずです。

あきらめる?
なんであきらめなきゃいけないの?

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短大卒業後、JALの客室乗務員となり、仕事を続ける22歳の頃、体調に異変を感じ始める。25歳で「遠位型ミオパチー:縁取り空胞型(DMRV)」と診断。2008年4月、遠位型ミオパチーの患者会を発足、4月~10月まで代表を務める。2009年2月、特定非営利法人希少難病患者支援事務局(SORDーソルドー)を発足。患者代表として常任理事に就任、のちの2010年2月、副代表となる。その活動の中、"SORD Challenge Mt.Fuji Project 2009, 2010"として、2年連続、車椅子で富士山登頂に挑戦し、2010年のプロジェクトで登頂に成功。2009年、株式会社free×FREE project(フリーバイフリープロジェクト)を設立し、代表取締役として日本にはまだまだ少ないヨーロッパや北欧から福祉用品を輸入する仕事を始める。

2011年2月京都で、9月24日(土)東京で、「希少難病フォーラム」を 開催。

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